旭川市のほど近く、大雪山を望む東神楽町で、藤井光雄さんは工務店を営んでいる。ショールームを兼ねた自宅は、相談に来た客が薪ストーブを取り入れた暮らしを感じられるようになっている。実際に使っている所を見ることで、住宅の建築希望者はプランニングの際に、具体的なイメージを持つことができるのだ。使っているからこそできるアドバイスも聞くことができるので、心強い。では、家づくりに携わる立場から見た薪ストーブの魅力とは、一体どのようなものなのだろうか。

 家に入ってまず目に飛び込んできたのは、窓際にある大きな薪ストーブと、吹き抜けの天井に高く伸びた煙突。柔らかな炎が揺らぐ。頭上の明るい窓から差し込む日差しが、いっそう心地いい。
 藤井さんは妻である聡美さんと、高校生の息子、中学生になる娘の4人家族。開放感のある2階建ての広い家だが、リビングの端でどっしりと存在感を放つ薪ストーブが家中の暖房のほとんどをまかなっている。北海道の風土に合わせた高気密、高断熱の家だからこそできることだ。薪ストーブは遠赤外線を発し、家全体をじっくりと暖める。高気密な建物は、その熱を逃がさない。当然のこと、薪の消費量は抑えられる。高気密な家と薪ストーブの組み合わせは、豊かな森が広がるこの土地の冬には向いているのだ。ストーブの上では、湯を沸かしたり、くつくつと煮込み料理を作ったり。オーブンとして使えば、ピザやパイを焼くこともできるのだという。

 「自分で最初に建てたのは、自分の家なんです」。藤井さんが北海道に移住したのは約20年前。東京の大学を卒業し、そのまま現地で就職したものの、「都会での生活に違和感がありました。居心地のいい会社だったんですが、ずっと勤めようとは思っていなかったんです」。園芸関係の会社に3年間勤めて退職、より自然豊かな場所を求めて、北海道に移り住んだ。「北海道に住むなら手に職を付けないと暮らせない。『手に職』といえば、自分の中では大工だったんです」。
 旭川の職業訓練学校で基礎を学び、美瑛の工務店で約7年間修業した。その間、よく訪れていた近くのカフェで、兵庫県出身の聡美さんと出会った。独身時代の藤井さんの自由な暮らしぶりを「ユニークだった」と聡美さん。その後、2人はめでたく結婚。藤井さんは職業訓練学校時代に設計した図面をもとに、自宅づくりを始めることとなった。
 大工の仕事が休業になる冬の間に家づくりを進め、3年かけてようやく完成。そうまでして造った自分の家に暮らすのはどんな気持ちだったことだろう。きっと最高の贅沢に違いない。しかし、その直後に、勤めていた工務店が倒産してしまった。無職となった藤井さんだったが、身を助けたのはやはり大工仕事だった。友人や知人からリフォームなどを依頼されるようになり、自然な流れで独立開業。「独立したという意識はそんなにないですね。人の繋がりで頼まれた仕事をやっているうちに、そのまま今に至っているっていう感じで」。いつも自由でユニークな行動を見せるその人柄が、多くの人を惹きつけるのだろう。

自宅のキッチンには焼きたての自家製パン。作業台は奥行きを広く取ってあるため、使い勝手が良さそう。
自宅に隣接した事務所には、訪れた客が相談をするスペースがある。

 学生の頃にはバイクに跨り、日本中を旅していた藤井さん。荷台にテントや寝袋などを積んで、キャンプを張りながらの旅。その時に見た、壮大な自然の中にある、古きよき北海道の家々が今でも藤井さんの記憶の奥に眠っている。三角の赤い屋根に板張りの外壁。また、移住してすぐの頃に暮らしていた家では、鉄板の薪ストーブを使っていた。薪の調達や手入れなど不便な部分も多かったが、それもまた楽しく、火のある暮らしに魅せられていった。藤井さんの家づくりは、こうした「古きよき北海道の家」がベースになっている。
 だから、藤井工務店が造る家にはいくつものこだわりがある。「傾斜屋根しか造らない」、「内外装には自然素材しか使わない」、「室内のフローリングは無垢の板しか使わない」、「部屋の壁は珪藻土しか使わない」…。これらの「こだわり」は、たとえ予算を下げたいからと言われても、すぐには曲げられない部分。「自分の造りたいものしか、造れない」と話す藤井さんの表情はやわらかい。自分の造るものに対する一途さや責任感の大きさから出てくる言葉なのだろう。
 ここで暮らし始めてからの20数年で、身体で実感できるほど、冬が暖かくなってきているそうだ。家を建てるときだけでなく、その後暮らしていく間に排出される温室効果ガスを抑え、子どもたちの世代に少しでも良い環境を残してあげたいというのが藤井さんのひとつの願いだ。「生きている間に環境に優しい家を100軒建てるのが目標なんです。そうすれば、地球環境に少しは貢献できるんじゃないかと思うんです」。藤井さんの家づくりに対するこだわりは、こうした自然への熱い思いから生まれるものだったのだ。
 冬の入り口。寒さが厳しくなってくると薪ストーブに火を入れる。「薪ストーブを点けるのを、子どもたちは毎年楽しみにしているんです」。外は寒くても、家の中で揺らぐ炎を囲めば身も心も温まる。
 薪ストーブが家族を繋ぐ。家を通して自然と繋がる。人と自然の繋がりを感じられるものだから、単なる暖房器具として以上の魅力を感じるのだろう。藤井さんの造る家は、素朴でシンプルだが、中身の詰まった高性能な家だ。いつかこんな家に住めたら、どんな暮らしをしようか。そんな想像を膨らませる。

ソファに寝転がっているのは、看板犬の「ずんぐり」。みんなのムードメーカーだ。
「自分がこうと思ったところにはすごく熱心。でも生活に支障があるところも(笑)。それが彼の魅力なんですけどね」と話す聡美さん(写真左)の言葉に、少し照れた様子の藤井さん(同右)。
northrn style スロウ vol.46

northrn style スロウ vol.46 掲載